…日露開戦後第1回旅順閉塞隊に参加。第2回にも福井丸を指揮して参加し,乗船がロシア駆逐艦の魚雷と自爆によって沈没しかかり,退船しようとしたとき,上等兵曹杉野孫七がいないのに気づき,単身船内を捜索ののち端舟に移り引き揚げるとき,砲弾の直撃をうけ一片の肉片を残しただけで戦死した。果敢な作戦への2度の参加と部下思いの真情が報じられると軍神広瀬中佐の名はたちまちに高まり,文部省唱歌《広瀬中佐》は永く愛唱された。…
※「杉野孫七」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...