コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

経覚私要鈔 きょうがくしようしょう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

経覚私要鈔
きょうがくしようしょう

興福寺別当,大乗院 18世門跡経覚 (1395~1473) の日記。別名『安位寺殿御自記』『後五大院殿記』ともいう。現存するものは 82冊で,応永 22 (1415) ~文安1 (1444) 年はその一部,文安4 (1447) ~文明4 (1472) 年は大部分がある。室町時代を知る好史料。原本は国立公文書館蔵。 (→大乗院寺社雑事記 )

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について | 情報

百科事典マイペディアの解説

経覚私要鈔【きょうがくしようしょう】

奈良興福寺大乗(だいじょう)院の18世門跡(もんぜき)である経覚の日記。《安位寺殿御自記(あんいじどのごじき)》ともいう。記事は1415年から1472年に及ぶが,失われた部分もある。
→関連項目府中

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト百科事典マイペディアについて | 情報

世界大百科事典 第2版の解説

きょうがくしようしょう【経覚私要鈔】

興福寺大乗院第18世門跡経覚の日記。日次記65冊と別記16冊の自筆本が内閣文庫に所蔵されている。異称は《安位寺殿御自記》。日次記は応永22年(1415)から文明4年(1472)にわたるが欠失部分もある。記事は興福寺内の寺務,寺領支配をはじめ,大和国人の動向や京都の政治情勢にまでおよび,激動期の政治・社会・経済研究の重要史料である。《史料纂集》所収。【小泉 宜右】

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

経覚私要鈔
きょうがくしようしょう

興福寺大乗院第18世門跡経覚の日記。『安位寺殿御自記(あんいじどのごじき)』ともいう。日次記(ひなみき)65冊と、別記(べっき)16冊の自筆本が国立公文書館に所蔵されている。日次記は欠失部分もあるが、1415年(応永22)から72年(文明4)にわたっている。別記には維摩会勅使引付(ゆいまえちょくしひきつけ)、他寺探題日記、能登岩井(のといわい)両河用水記、興福寺僧綱補任(そうごうぶにん)、細呂宜郷下方(ほそろぎごうしもかた)引付、大僧正一座宣事(だいそうじょういちざせんじ)、維摩会記、室町殿南都御下向事などがある。経覚は四度にわたり興福寺別当に就任した。その記述は、興福寺内の寺務、寺領支配をはじめとして、大和(やまと)国人の動向や京都の政治情勢にまで及び、応仁(おうにん)の乱に至る激動期の政治、経済、社会研究の重要史料である。[小泉宜右]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例

世界大百科事典内の経覚私要鈔の言及

【風流踊】より

…その後応仁の乱(1467‐77)で荒廃した京都を避けて,奈良で発展をみた盆の風流には,大がかりな作り物や囃子物に加えて,そろいの衣装や被り物で身を飾った踊り衆の姿が登場する。《経覚私要鈔》には,初めは〈ヲドリ念仏〉として出るが,文明1年(1469)7月17日条には,〈駒舞〉〈神輿振り〉などの風流の趣向にまじえて,紙で作った桶を頭にいただいた者20人ほどが踊ったとある。 16世紀に入るころには奈良の盆の風流は踊りが中心になり,踊り堂を建てた記事も見える。…

※「経覚私要鈔」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

経覚私要鈔の関連キーワード土一揆(つちいっき)骨皮道賢灯籠踊

今日のキーワード

処暑

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の7月中 (7月後半) のことで,太陽の黄経が 150°に達した日 (太陽暦の8月 23日か 24日) に始り,白露 (9月8日か9日) の前日までの約 15日間であ...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android

経覚私要鈔の関連情報