杭全庄(読み)くまたのしよう

日本歴史地名大系 「杭全庄」の解説

杭全庄
くまたのしよう

摂津国住吉郡全郷(和名抄)に成立した庄園で、現平野区の杭全神社付近に比定される。のちに平野庄の名称でもあらわれる。この地は、平安初期の征夷大将軍坂上田村麻呂の子で、広野麻呂の子孫と称する坂上一族が開発し、のちに藤原氏の庄園となり、永承年間(一〇四六―五三)に藤原頼通から山城宇治平等院に寄進されたと伝えるが(末吉文書ほか)、当庄が確実な史料にあらわれるのは一二世紀中葉になってからで、「台記別記」仁平元年(一一五一)八月一〇日条に、藤原頼長の春日社詣の費用を勤仕した摂関家領庄園の一つとして「杭全蒭五十束、秣五十束」とみえる。鎌倉時代に入っても、正治二年(一二〇〇)正月一〇日の春日祭雑事定文(「猪隈関白記」同日条)によると芻秣を勤仕している。当庄がいつ平等院に寄進されたか明白でないが、弘安四年(一二八一)八月三日付で平等院の寺官らが連署して、当庄の支配に当たっていた倉光なる者が所職を解任され、宇治から追放されたのは不当であるとして摂関家に訴えているから(「兼仲卿記」弘安七年二月巻裏文書)、すでにこれ以前のことであり、摂関家を本家、平等院を領家とする庄園になっていたことがわかる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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