東坊城長淳(読み)ひがしぼうじょう ながあつ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「東坊城長淳」の解説

東坊城長淳 ひがしぼうじょう-ながあつ

1506-1548 戦国時代公卿(くぎょう)。
永正(えいしょう)3年生まれ。東坊城和長の子。天文(てんぶん)5年式部大輔(しきぶのたいふ)。のち参議,権(ごんの)中納言をへて大蔵卿となる。従二位。16年筑紫(つくし)に赴任し,17年京都にかえる途中長門(ながと)(山口県)の赤間関(あかまがせき)で3月23日急死した。43歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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