東庄境村(読み)ひがししようざかいむら

日本歴史地名大系 「東庄境村」の解説

東庄境村
ひがししようざかいむら

[現在地名]今立町東庄境

服部はつとり谷の開口部付近にあり、西庄境村と接する。池田いけだ(現池田町)から服部谷経由で武生・鯖江方面へ物資を運ぶ際の中継点で、野岡のおか村とともに商工業活動が活発であった。江戸時代の領主変遷南中津山みなみなかつやま村と同じである。

永正一一年(一五一四)朝倉孝景知行宛行状に「庄堺之四郎左衛門」(斎藤家文書)とみえる。慶長一一年(一六〇六)頃の越前国絵図にも「庄堺」とあり、高八二三・一三石が記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む