松ヶ島城跡(読み)まつがしまじようあと

日本歴史地名大系 「松ヶ島城跡」の解説

松ヶ島城跡
まつがしまじようあと

[現在地名]松阪市松ヶ島町

天正八年(一五八〇)田丸たまる(現度会郡玉城町)焼失にともない、織田信雄細汲ほそくみ築城、松ヶ島城を称したとされる。県指定文化財。参宮古道に沿い、松崎まつさき浦を控える海陸の要衝にあり、まだ軍事的要素の濃い織田政権下の城郭として、十二分な立地条件であった。その後、信雄の家臣津川義冬・滝川雄利を経て、豊臣秀吉股肱の蒲生氏郷が入部、やがて天正一六年八月、氏郷が新城下町松坂へ移転するまで、成立期の統一権力による南伊勢支配の橋頭堡として機能した。同年一一月晦日付蒲生氏郷松坂町中掟(権輿雑集)によって、当城下町人はすべて松坂城下へ強制的に移住させられた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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