松下 軍治
マツシタ グンジ
- 肩書
- 衆院議員(立憲同志会),やまと新聞社主
- 旧名・旧姓
- 旧姓=坂戸
- 生年月日
- 慶応3年3月15日(1867年)
- 出生地
- 信濃国水内郡津和村(長野県)
- 経歴
- 25歳で上京、漢方医宅の食客となり、株式、鉱山業を経営して蓄財。明治32年「時論日報」創刊、次いで33年「やまと新聞」を買収し社主となった。活動写真の地方巡業を後援、45年には地方版、夕刊、正午版を発行するなど読者サービスに努めた。その間40年以来東京市から衆院議員当選2回、立憲同志会に属した。
- 没年月日
- 大正4年10月23日
出典 日外アソシエーツ「新訂 政治家人名事典 明治~昭和」(2003年刊)新訂 政治家人名事典 明治~昭和について 情報
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松下 軍治
マツシタ グンジ
明治・大正期の新聞経営者,政治家 やまと新聞社主;衆院議員(立憲同志会)。
- 生年
- 慶応3年3月15日(1867年)
- 没年
- 大正4(1915)年10月23日
- 出生地
- 信濃国水内郡津和村(長野県)
- 旧姓(旧名)
- 坂戸
- 経歴
- 25歳で上京、漢方医宅の食客となり、株式、鉱山業を経営して蓄財。明治32年「時論日報」創刊、次いで33年「やまと新聞」を買収し社主となった。活動写真の地方巡業を後援、45年には地方版、夕刊、正午版を発行するなど読者サービスに努めた。その間40年以来東京市から衆院議員当選2回、立憲同志会に属した。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
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松下軍治 まつした-ぐんじ
1867-1915 明治-大正時代の新聞経営者,政治家。
慶応3年5月5日生まれ。鉱山事業で財をきずき,明治32年「時論日報」を創刊したがまもなく廃刊。翌年「日出国(やまと)新聞」(のち「やまと新聞」)を買収して社長となる。41年衆議院議員(当選2回,立憲同志会)。大正4年10月23日死去。49歳。信濃(しなの)(長野県)出身。旧姓は坂戸。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
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世界大百科事典(旧版)内の松下軍治の言及
【やまと新聞】より
…三遊亭円朝の講談速記の連載など庶民向けの編集方針で評判を得た。しかし他紙におされて紙勢振るわず,97年に子爵高島鞆之助(1844‐1916)に譲渡,さらに1900年には新聞経営者で政治家の松下軍治(1867‐1915)の手に移った。1900年11月から04年12月までは《日出国新聞》と改題し,〈やまと〉と読ませたが,以後は《やまと新聞》に復した。…
※「松下軍治」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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