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松前邦広 まつまえ くにひろ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

松前邦広 まつまえ-くにひろ

1705-1743 江戸時代中期の大名。
宝永2年生まれ。旗本松前本広(もとひろ)の3男。松前矩広(のりひろ)の養子となり,享保(きょうほう)6年蝦夷(えぞ)地(北海道)松前藩主6代。倹約令をだし,綱紀の粛正,税制改革をすすめ,藩政の立て直しにつとめた。寛保(かんぽう)元年渡島(おしま)大島噴火にともなう大津波で多くの村が流失した。寛保3年閏(うるう)4月8日死去。39歳。初名は広国。通称は伝吉。

出典|講談社
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朝日日本歴史人物事典の解説

松前邦広

没年:寛保3.閏4.8(1743.5.31)
生年:宝永2(1705)
松前藩6代藩主。江戸の同族旗本松前本広(松前慶広の次男忠広の孫)の3男。母は幕臣杉原正長の娘。幼名を伝吉,初諱を広国と称す。5代藩主矩広の子が相次いで早世したため,享保1(1716)年矩広の養嗣子となり,5年矩広の死により翌年襲封し6代藩主となった。矩広治世の前半は,藩主一門の権力争い,シャクシャインの蜂起,藩財政の窮乏など藩制の全般的危機に遭遇したが,邦広は税制改革を主軸とした藩政改革に積極的に取り組み,藩制(政)のたてなおしに尽力。7代藩主資広と共に藩政中興の主と称されている。<参考文献>松前広長編『福山秘府』(『新撰北海道史』5巻),『松前町史』通説編1巻上,史料編1巻

(榎森進)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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