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松岡仲良 まつおか ちゅうりょう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

松岡仲良 まつおか-ちゅうりょう

1701-1783 江戸時代中期の神道家。
元禄(げんろく)14年8月24日生まれ。尾張(おわり)(愛知県)熱田社の祠官の子。儒学を若林強斎(きょうさい),垂加神道玉木正英(まさひで)にまなぶ。享保(きょうほう)18年「神道学則日本魂」をあらわして正英に破門された。のち京都の吉田家の侍読となる。天明3年11月13日死去。83歳。名は雄淵,文雄。通称は多助。号は玄斎,渾成翁,蓼倉精舎など。著作はほかに「神代巻師説」「中臣祓抄(なかとみのはらえしょう)」など。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

松岡仲良

没年:天明3.11.13(1783.12.6)
生年:元禄14.8.24(1701.9.26)
江戸中期の神道家。名は雄淵。通称は多助,下総。号は蓼蔵舎,渾成翁など。仲良は字。熱田神宮(名古屋市)の祠官の子。初め吉見幸和に神道を学び,のち京都で若林強斎に師事,さらに玉木正英について垂加流神道の諸伝を伝授される。享保18(1733)年『神道学則日本魂』を刊行。これは,中国の禅譲放伐思想を否定,皇位の天壌無窮性を強調したものであったが,当時の神道家を堕落したまじない師と批判したため,垂加神道の行法神事の組織化をはかっていた師正英から破門された。のち神祇官吉田家に賓師として迎えられた。著述はほかに『神代巻或問』『中臣祓伝』などがある。

(白石良夫)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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