キッド(読み)きっど(英語表記)William Kidd

日本大百科全書(ニッポニカ) 「キッド」の意味・わかりやすい解説

キッド(Benjamin Kidd)
きっど
Benjamin Kidd
(1858―1916)

イギリスの社会学者。19世紀後半の社会ダーウィン主義の方法論的立場から、『社会進化論』(1894)『西洋文明の諸原理』(1902)などを著した。イギリスにおける社会ダーウィン主義の展開のなかで、スペンサーのように「個人」を重視する立場ではなく、むしろ「社会」を重視する立場をとるところに特色を有する。キッドによれば、社会の進化は社会諸集団間の闘争と淘汰(とうた)によって実現されるものであり、その過程において社会に統合をもたらす宗教の役割が強調されなければならない。バックルバジョットが「個人」の合理的知性に依拠するのに対して、キッドは「社会」の超合理的心性を重視する社会統合の視点にたっている。

田中義久


キッド(William Kidd)
きっど
William Kidd
(1645?―1701)

イギリスの海賊。通称キャプテン・キッドスコットランドに生まれる。アメリカに渡って船長、船主となり、1689年から2、3年間私掠(しりゃく)船長として海軍のために働いた。95年たまたま商用でロンドンに赴いた際、インド洋方面の海賊掃討船の船長に選ばれ、96年アドベンチャー(冒険)号を率いて出航、マダガスカル島近海を経て、97年インド洋に入ったが、成果は思わしくなく、かえって自ら商船を襲って海賊行為を働くに至った。98年海賊の根拠地マダガスカル島で乗船をかえ、翌年カリブ海に入り、ボストンに上陸したところを捕らえられ、本国で裁かれたうえ処刑された。彼が隠匿したとされる財宝に関しては小説などによく取り上げられている。

松村 赳]

『別枝達夫著『キャプテン・キッド』(中公新書)』


キッド(Thomas Kyd)
きっど
Thomas Kyd
(1557?―95?)

イギリスの劇作家。エリザベス朝時代、「復讐(ふくしゅう)悲劇」流行の端緒となった『スペイン悲劇』(1592初演)の作者として知られる。1580年スペインの対ポルトガル戦勝利を背景に、息子ホレイシオをその恋敵(こいがたき)に殺された将軍ハイエロニモの半狂乱の悲嘆と、劇の演出に見せかけて行われる復讐と彼の死とを骨子に展開するこのドラマは、筋立て、性格描写ともに優れ、好評を博した。この作品にはシェークスピアの『ハムレット』のモチーフに似通ったところがある。キッドには、現存しないが、ハムレットを扱った戯曲(普通「原作ハムレット」とよばれる)があって、シェークスピアはそれをヒントに『ハムレット』をものしたとする説もある。ほかにR・ガルニエからの翻訳劇『コルネリア』(1594初演)などがある。

[冨原芳彰]


キッド(なめし革)
きっど
kid

子ヤギやそれに類するもののなめし革であり、キッド・レザーの略称。羊皮より繊維の密度が大でじょうぶだが、子牛皮よりは粗である。表面(銀面)も子牛皮ほどではないが耐摩耗性もあり、優雅な感じがあり、柔軟でもある。高級靴の甲革や手袋、袋物などに用いられる。原皮の産地は、中央ヨーロッパ、中央アジア、インドなどが有名。二浴法クロムなめしによるものや、卵黄、オリーブ油、ミョウバンによる結合なめしのものをキッドといい、スマック・タンニンによるなめし革をモロッコ革、渋とクロムの結合したものをドンゴラ革とよび区別している。また、まだなめさない原皮、キッド・スキンの略称もキッドという。キッド製の靴や手袋のことをキッドと称することもあり、子ヤギや子カモシカをさすこともある。

[田中俊子]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「キッド」の意味・わかりやすい解説

キッド
Kyd, Thomas

[生]1558.11. ロンドン
[没]1594.12.30. ロンドン
イギリスの劇作家。 1565年マーチャント・テーラーズ校に入学,古典の教養を身につけた。そのすぐれた演劇感覚によって,『スペインの悲劇』 The Spanish Tragedy (1587~88頃) でラテン劇をイギリス化することに成功,公共劇場で大当りをとり,以後 15年間繰返し上演されて,エリザベス朝における復讐悲劇流行の端緒を開いた。この劇でキッドは,復讐の主題や亡霊,黙劇,劇的朗読法による長ぜりふや独白などをセネカから借用しているが,そのほか,題材を古典の神話や伝説的なイギリス史にとらずに,当時のスペインを舞台に物語を虚構し,筋の構成も副筋を用いて複雑にし,人物の行動に動機を与え,性格には陰惨な心理的屈折を加えて,ハムレットに通じる主人公の狂気や遷延,イアーゴーに発展するイギリス文学史上最初のマキアベリ的な悪党を創造した。また殺人や狂乱を舞台にのせ,復讐の遂行に劇中劇を用い,目的に応じて散文と韻文,無韻と押韻を使い分けるなど,独自の趣向を考案,以後の復讐劇の道具立てを完成した。他方,セネカの抒情的,内省的な美を高め,筋の残忍性を一掃したネオ・セネカ派の R.ガルニエの作の翻案『コーネリア』 Cornelia (94) がある。そのほか『ハムレット』の原典になったと思われる現存しない『原ハムレット』 Ur-Hamletの作者と推定されている。

キッド
Kidd, Benjamin

[生]1858.9.9.
[没]1916.10.2. サウスクロイドン
イギリスの社会哲学者。官吏生活後社会調査のため世界を旅行し,1898年にはアメリカ,カナダを,1902年には南アメリカを訪れた。彼の社会学は H.スペンサーの社会進化論の系譜に立つもので,1894年に『社会進化論』 Social Evolutionで社会進化のもつ逆説,すなわち社会進化と理性の矛盾を指摘した。社会進化は非理性的過程の進展を常に伴うので,理性の進化と矛盾するというのである。理性はこのような非理性的過程の進展に反逆するが,その結果理性が勝てば,次に理性そのものの進展が停止してしまうと考え,この考え方を『西洋文明の諸原理』 Principles of Western Civilization (1902) で,歴史によってさらに裏づけようとした。彼の社会思想は世紀の転換期を迎えつつあったイギリスにおいて相当の反響を呼んだが,その学問的構成は薄弱であった。

キッド
Kidd, William

[生]1645頃.スコットランド,グリノック
[没]1701.5.23. ロンドン
キャプテン・キッドの名で知られるイギリスの海賊。 1696年から北アメリカにおいて海賊討伐の任にあたっていたが,翌年海賊の根拠地マダガスカル島におもむいてみずから海賊となり,99年ニューイングランドへ戻ったとき逮捕され,テムズ河畔で処刑された。

キッド
kid

子やぎのことであるが,普通子やぎのなめし皮 (キッドスキン) をさす。キッドスキンは柔軟で表面 (銀面) が美しく,靴の甲革,手袋用革の高級品として用いられる。また,めん羊ややぎの皮からつくった類似の革のことをいう場合もまれにある。

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