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松平左近 まつだいら さこん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

松平左近 まつだいら-さこん

1809-1868 江戸時代後期の武士。
文化6年3月14日生まれ。讃岐(さぬき)高松藩主松平頼儀(よりのり)の3男。松平頼胤(よりたね)の兄。水戸藩主徳川斉昭(なりあき)に傾倒,尊王の志があつく,桂小五郎高杉晋作らを庇護(ひご)した。鳥羽・伏見の戦いで高松藩が朝敵になると,藩論を恭順にまとめるために尽力。慶応4年8月10日死去。60歳。名は頼該(よりかね)。別称に道之助。号は金岳。著作に「神道問答抄」など。

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(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

松平左近

没年:明治1.8.10(1868.9.25)
生年:文化6.3.14(1809.4.28)
幕末維新期の高松藩(香川県)支族。名は頼該,字は子博。隆之丞,道之助,左近と称した。高松藩主松平頼儀の子として江戸に生まれ,兄の夭折で藩主就任のチャンスがあったにもかかわらず家督を継がず,高松に移り住んだ。水戸藩の徳川斉昭に傾倒した尊王家で,桂小五郎(木戸孝允)ら勤王派の藩士,志士を積極的に庇護した。また明治1(1868)年の鳥羽・伏見の戦ののち,弟の高松藩主松平頼胤が一貫して佐幕的な姿勢をとり続け政府軍の来攻にあうと,藩論を恭順に導いて高松が兵禍を被るのを防いだ。<参考文献>梶原竹軒編『金岳公子小伝・金岳公子著書集』

(家近良樹)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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