…秀久の城郭拡張と小諸城下町建設工事の領民酷使は一郡逃散(ちようさん)をひきおこしたが,2代忠政は民政安定につとめ,1615年(元和1)年貢を貫高制から石高制に移行した。24年(寛永1)入封した松平忠憲(5万石)は総検地により貢租制度を整え,五郎兵衛新田などの新田開発を進めた。松平氏以後譜代藩となり,青山氏・酒井氏各3万石,西尾氏2万7000石,石川氏2万石と交代,この間に地方(じかた)知行制が廃され,78年(延宝6)には酒井氏の過酷な総検地が百姓一揆をひきおこした。…
※「松平忠憲」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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