松平頼渡(読み)まつだいら よりただ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「松平頼渡」の解説

松平頼渡 まつだいら-よりただ

1706-1738 江戸時代中期の大名。
宝永3年11月14日生まれ。松平頼純(よりずみ)の6男。伊予(いよ)(愛媛県)西条藩主松平(紀伊(きい))家3代。2代藩主の兄頼致(よりよし)(徳川宗直(むねなお))が紀伊和歌山藩主となったため,正徳(しょうとく)6年11歳でその跡をつぐ。古学派の山井崑崙(やまのい-こんろん)を藩儒に任用,また天野喜四郎らをまねき多喜浜(たきはま)塩田を開発。元文3年3月16日死去。33歳。初名は頼安。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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