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板倉復軒 いたくら ふくけん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

板倉復軒 いたくら-ふくけん

1665-1728 江戸時代前期-中期の武士,儒者。
寛文5年生まれ。甲斐(かい)府中藩の桜田屋敷で右筆(ゆうひつ)をつとめる。宝永元年藩主徳川綱豊が将軍継嗣(徳川家宣(いえのぶ))になると幕臣となり,納戸番,瑞春院方広敷番などを歴任。木下順庵にまなび,荻生徂徠(おぎゅう-そらい)と交遊,子を徂徠のもとでまなばせた。享保(きょうほう)13年4月23日死去。64歳。名は九。字(あざな)は惇叔(叙)。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

板倉復軒

没年:享保13.4.23(1728.5.31)
生年:寛文5(1665)
江戸時代中期の漢学者。江戸の人。名は九,字は惇叙,通称は惣左衛門,のちに九左衛門。復軒と号す。先に木下順庵 に師事したが,晩年荻生徂徠の学問に心酔,息子たちをその門に学ばせた。父正信の代から甲府宰相(徳川綱重)家に仕え,宝永1(1704)年,綱重長子綱豊(のちの6代将軍家宣)が将軍嗣子に決まると,そのまま幕臣となった。西ノ丸御納戸番より累進,組頭にすすみ,享保1(1716)年,瑞春院(5代将軍綱吉の側室)御方広敷番の頭に転じた。清廉な人柄で,金銭を扱う職に長くありながら,汚職発覚の際,ひとり罪を免れたという。学問好きの性格は,その子,美仲,美叔に受け継がれた。

(高橋昌彦)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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