林原 一郎
ハヤシバラ イチロウ
昭和期の実業家 林原コンツェルン創業者。
- 生年
- 明治41(1908)年7月26日
- 没年
- 昭和36(1961)年4月17日
- 出身地
- 岡山県
- 学歴〔年〕
- 大阪商大卒
- 経歴
- 水飴(あめ)工場の長男として生まれ、のち大学でトウモロコシから水飴をつくる製法を研究。戦後林原コンツェルンを創立、実業家として成功を収める。一方少年時代から剣道に親しみ、学生の頃から刀剣の収集を始め、戦後備前刀などの古刀や日本陶器、中国漆工芸などの古美術、能装束など400点を収集。昭和36年53歳で死去。39年収集品を展示する岡山美術館が開設され、平成3年林原美術館と改称。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
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林原一郎 はやしばら-いちろう
1908-1961 昭和時代の実業家。
明治41年7月26日生まれ。林原健(けん)の父。昭和9年家業の林原商店(製飴工業)をつぐ。戦後,カバヤキャラメルなどの菓子,牛乳の製造,販売で業績をあげ,林原グループの基礎をきずく。34年酵素によるブドウ糖製造法を開発した。昭和36年4月17日死去。52歳。岡山県出身。大阪商大卒。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
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