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柴田方庵 しばた ほうあん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

柴田方庵 しばた-ほうあん

1800-1856 江戸時代後期の蘭方医。
寛政12年生まれ。江戸で朝川善庵に儒学をまなぶ。長崎で竹内玄同,青木周弼(しゅうすけ)らシーボルトの門人とまじわり,西洋医学をおさめる。種痘法をまなび,長崎,大坂などで実施。帰郷して常陸(ひたち)水戸藩医となるが,のち長崎で開業。嘉永(かえい)4年(1851)験温器をつくる。安政3年10月8日死去。57歳。名は海。字(あざな)は谷王。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

柴田方庵

没年:安政3.10.8(1856.11.5)
生年:寛政12(1800)
幕末の蘭方医。常陸国(茨城県)水戸の柴田伝左衛門昌俊の子。名は海,字は谷王,方庵は号および通称。江戸の朝川善庵について漢学,医学を修めた。天保2(1831)年長崎に遊学し,竹内玄同,青木周弼らシーボルトの門人と親交をむすび,最新の蘭医学を身につけた。嘉永2(1849)年長崎でモーニケについて牛痘接種法を学び,水戸へ帰る途次,大坂,京都,名古屋などの各地で,牛痘接種を行った。<参考文献>呉秀三『シーボルト先生 その生涯及び功業』

(深瀬泰旦)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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