案内神社(読み)あんないじんじや

日本歴史地名大系 「案内神社」の解説

案内神社
あんないじんじや

[現在地名]吉野町柿原 篠原

旧村社。祭神猿田彦命。藤原師光・親家父子を併祀しているともいわれる。創立年代は未詳。当地には藤原師光の伝承があり、中世柿原かきはら庄を本貫地とした柿原氏は、藤原師光の子孫とも伝える。平治の乱後師光は出家して西光と名乗り、治承元年(一一七七)鹿ヶ谷事件に連座したが、この事件の影響は柿原庄にも及び、桜間さくらま(現石井町)城主田口成良に攻められ、西光の四男・五男は殺されたという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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