政治神話の性格をもつ記紀神話のなかで、もっとも高潮した部分。大国主命(おおくにぬしのみこと)との国譲り交渉の妥結後、葦原中国(あしはらのなかつくに)を治めるために高天原(たかまがはら)から天孫瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が初めて地上に降り立つこの神話は、豊饒祭(ほうじょうさい)を即位の支配者儀礼に仕立(したて)直した大嘗祭(だいじょうさい)と補完関係にあり、したがって皇室の要請に有力氏族の要求が加わって、神話のなかでもいちばん多彩な異伝を残している。現在の研究では、『日本書紀』本文の、司令神を高皇産霊神(たかみむすびのかみ)とし、嬰児(えいじ)の瓊瓊杵尊が真床追衾(まとこおふふすま)で覆われて、日向(ひむか)の襲(そ)の高千穂峰(たかちほのみね)に降(くだ)るとする伝承が原形であり、また司令神に天照大神(あまてらすおおみかみ)を加え、邇邇杵命(ににぎのみこと)が五伴緒(いつのとものお)をはじめとする諸神を連れ従え、三種の神器や神鏡、統治に関する神勅を与えられて天降(あまくだ)るという『古事記』の内容を、もっとも発達を遂げた伝承としている。のちに降臨地の日向の高千穂峰は、その所在を鹿児島県と宮崎県で争われるが、原意は、豊饒の穀霊が生成の霊格に司令されて、日に向かう聖地の豊かな稲穂の上に降臨する意であった。
この天孫降臨の神話は、朝鮮半島の大賀洛(おおから)国の農耕祭を背景とした王者出現の神話(三国遺事(さんごくいじ))と類似するが、そこでは、春禊(しゅんけい)の日、長老たちの奉迎のなかを神霊の声のままに紅布に包まれ、金卵の形で聖なる亀峰(きほう)に天降る首露王(しゅろおう)(山の神、同時に田の神)の出現が語られている。したがってこの神話は、山岳的他界の観念を素地として、朝鮮半島から日本に受容された新しい形の神話である可能性が高い。この推定は、記紀が垂直的神降臨の記述のなかでなお、神が海上の神座に出現し、国を求めつつ、笠狭崎(かささのみさき)の波の穂に屋を建てて機(はた)織る乙女に迎えられるという水平的神出現の記述を残していることにより強められる。また『古事記』そのほかの伝承では、降臨予定であった父の天忍穂耳尊(あめのおしほみみのみこと)にかわり、出誕直後の邇邇杵命が降臨するが、その場合同時に司令神として天照大神の登場がある。これは、高皇産霊神→邇邇杵命の形に、天照大神→天忍穂耳尊の伝承を挿入するため案出された発想と考えられる。
[吉井 巖]
『三品彰英著『天孫降臨神話異伝考』(『建国神話の諸問題』所収・1971・平凡社)』▽『松前健著『大嘗祭と記紀神話』(『古代伝承と宮廷祭祀』所収・1974・塙書房)』
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…いわゆる〈天孫〉の誕生で,これがニニギノミコトである。そこでアマテラスはこのニニギを天降(あまくだ)らせることになる(天孫降臨神話)。《日本書紀》の一書では,ニニギはオシホミミが天降る途中の天空で生まれ,オシホミミに代わって降ったとある。…
※「天孫降臨」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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