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桜田百衛 さくらだ ももえ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

桜田百衛 さくらだ-ももえ

1859-1883 明治時代の小説家。
安政6年(一説に4年)生まれ。明治7年自由民権運動に参加。自由党の機関紙「自由新聞」の記者となり,15年政治小説「仏国革命起源西洋血潮小爆風(にしのうみちしおのさあらし)」を連載,好評を博したが未完のまま16年1月18日死去した。25歳。備前(岡山県)出身。東京外国語学校(現東京外大)中退。号は百華園主人。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典内の桜田百衛の言及

【車会党】より

…1882年に結成された人力車夫の結社。自由党左派の奥宮健之,桜田百衛らは無産大衆の組織化を計画し,鉄道馬車の創業(1882年6月)によって打撃をうけていた人力車夫の結集に着手した。彼らは自由党員と懇意な車夫の親方三浦亀吉に相談し,10月4日神田明神の境内に車夫300余人を集めて懇親会を開催,席上三浦は〈車夫と雖ども亦皆同等の人間なり〉と訴え,天賦人権思想と団結の必要性を説いた。…

【政治小説】より

…ほかに自由党系の《自由灯(じゆうのともしび)》,改進党系の《改進新聞》も,政治小説の有力な発表機関だった。これらの新聞は政治小説の啓蒙的役割を重視したが,その記者にも《自由新聞》の桜田百衛(ももえ)(1859‐83),《絵入自由新聞》の小室案外堂(あんがいどう),《報知新聞》の矢野竜渓,尾崎咢堂,《改進新聞》の須藤南翠(なんすい)ら政治小説家として活躍した人が少なくない。大デュマの《一医師の追憶》を翻案した《仏国革命起源 西洋血潮小暴風(にしのうみちしおのさあらし)》(1882)で,原作にない熱烈な民権論を鼓吹したことで東洋のユゴーと呼ばれた桜田は83年に夭折するが,その志を継いで革命文学としての政治小説を精力的に執筆したのは宮崎夢柳(1855‐89)である。…

※「桜田百衛」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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