日本歴史地名大系 「梁瀬村」の解説
梁瀬村
やなせむら
[現在地名]相良村柳瀬
球磨川に合流する
慶長国絵図では一七八石三斗余の村高であるが、寛永一一年(一六三四)の郷村高辻帳では本田高二九一石三斗余・新田畑高二七二石三斗余である。
梁瀬村
やなぜむら
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
球磨川に合流する
慶長国絵図では一七八石三斗余の村高であるが、寛永一一年(一六三四)の郷村高辻帳では本田高二九一石三斗余・新田畑高二七二石三斗余である。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...