梅津利忠(読み)うめづ としただ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「梅津利忠」の解説

梅津利忠 うめづ-としただ

1637-1690 江戸時代前期の兵法家。
寛永14年7月9日生まれ。梅津憲忠(のりただ)の孫。梅津忠宴(ただよし)の兄。出羽(でわ)久保田藩(秋田県)藩士。今村正員(まさかず)に兵学をまなび,「軍法巻註解」「軍法議論」などをあらわす。また連歌を里村玄祥,和歌佐竹義寛,中院通茂(なかのいん-みちしげ),禅を慈賢,書を佐々木志頭磨(しずま)にまなんだ。元禄(げんろく)3年3月21日死去。54歳。通称能登。号は梅叟(ばいそう)。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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