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榊原忠政 さかきばら ただまさ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

榊原忠政 さかきばら-ただまさ

1541-1601 戦国-織豊時代の武将。
天文(てんぶん)10年生まれ。16年人質として駿河(するが)(静岡県)におもむく徳川家康に小姓としてしたがう。姉川,長篠(ながしの)などの戦いに参加。のち徳川秀忠(ひでただ)に属し,天正(てんしょう)18年家康の関東入国時に相模(さがみ)(神奈川県)大住郡に2300石をえた。慶長6年4月3日死去。61歳。通称は平七郎,弥平兵衛,隼之助。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

榊原忠政

没年:慶長6.4.3(1601.5.5)
生年:天文10(1541)
戦国・安土桃山時代の武将。通称は平七郎,弥平兵衛,隼之助とあり,摂津守を称している。榊原忠次の子で,徳川家康が天文16(1547)年,「人質」として駿府に赴くとき,小姓としてこれに従った。永禄3(1560)年の尾張丸根城攻めで戦功をあらわし,同12年の懸川城攻めのときには軍奉行を務めている。元亀3(1572)年,兄忠直討死ののち,あとを継いだ。その後,長篠の戦,高天神城の戦などにも戦功をあげたが,最終的には家康が関東に移封されたとき,相模国大住郡で2300石を与えられたのが最高であった。

(小和田哲男)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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