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小姓 こしょう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

小姓
こしょう

小性とも書く。武家の職名。将軍や藩主などの身辺で雑用をつとめる者。語源は扈従 (こしょう) であろう。室町幕府の将軍に近侍した者を小姓衆と呼んだことに始り,役名となった。江戸幕府においては,表小姓奥小姓があって,ともに若年寄の支配に属した。奥小姓は役高 500石,小身 (身分の低い俸禄の少い人) の者には役料として 300俵が給された。約 30人の定員であったが,その肝煎役 (きもいりやく) としては数人の小姓組頭がいた。だいたいは小身の者が多かったが,5代将軍徳川綱吉のときには1万石以上で任じられる者もあり,その人選もきびしく,人品を選ぶこと第一といわれた。また,中奥で一勢力をなしたといわれる。

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デジタル大辞泉の解説

こ‐しょう〔‐シヤウ〕【小姓/小性】

貴人のそば近くに仕えて、身の回りの雑用を務める役。また、寺院で、住職に仕える役。多くは少年で、男色の対象ともなった。
武家の職名。江戸幕府では若年寄の配下で、将軍身辺の雑用を務めた。
子供。少年。小冠者(こかんじゃ)。
「あれほどの、―一人を斬ればとて」〈謡・橋弁慶

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百科事典マイペディアの解説

小姓【こしょう】

小性とも書く。将軍の側に仕えて身辺の雑務を世話する役。室町幕府より始まり,江戸幕府では表小姓・奥小姓合わせて数十名がいた。なお,江戸幕府の職制には小姓役とは別に小姓組番があり,若年寄の支配下に属し,将軍の殿中における警護を任務とした。
→関連項目小納戸番方

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世界大百科事典 第2版の解説

こしょう【小姓】

武家の職名。小性とも書く。古来,身分の高い人が他出するときに随従する人々や家臣を扈従人(こしようにん),扈従輩などと称したが,この扈従を借字したのが小姓であるといわれている。主君に近侍してその身辺の雑務にあたるほか,外出の折や戦場にあっても騎馬もしくは徒歩にて側近く仕える近臣の称呼である。鎌倉・室町幕府の職制の中にこの職名はみられないが,室町時代末期には将軍の近臣を指す称呼として〈小性〉〈小性衆〉がある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

小姓
こしょう

小性とも書く。主君に近侍し、身辺の雑用をたす武士。江戸幕府には小姓(奥小姓ともいう)と中奥(なかおく)小姓(表(おもて)小姓ともいう)とがあった。いずれも草創期の設置。小姓の員数は20~30人。なかに小姓頭取が数人あった。常時将軍に近侍し、身辺の雑務に従い、将軍の大奥(おおおく)出入りの際は、かならずその送迎を任務とした。平の小姓、頭取ともに若年寄支配、諸大夫、役高500石、家禄(かろく)1000石以下は役料300俵であった。中奥小姓の員数は20~30人。もっぱら中奥に出仕し、儀式のあるときは配膳(はいぜん)役送に従い、そのほか諸般の雑務をつかさどった。若年寄支配、諸大夫、持高、山吹間(やまぶきのま)詰であった。[北原章男]

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世界大百科事典内の小姓の言及

【納戸方】より

…将軍手もとの金銀・衣服・調度を管理・出納し,諸大名・旗本らからの献上金銀・諸物,諸大名・旗本らに賜与する金銀・時服などのことを取り扱った。納戸は江戸時代以前は納殿と称し,衣類・諸器具を蔵するところで,出納をつかさどる役人がいたが,職名が定まったのは江戸時代であり,最初は小姓の兼役が過半であった。納戸方の長官を納戸頭といい,1635年(寛永12)初めて2人が置かれた。…

※「小姓」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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