権現平古墳群(読み)ごんげんだいらこふんぐん

日本歴史地名大系 「権現平古墳群」の解説

権現平古墳群
ごんげんだいらこふんぐん

[現在地名]白浜町才野

富田(とんだ)浜に北接する洪積台地の権現平の上にある五世紀中頃の八基の円墳群。古くは富田の十三(じゆうさん)塚、権現平の陪塚などといわれた。最近は富田古墳群中の権現平支群とする傾向がある。主墳は径二一メートル、高さ三メートル。幅二メートルの周溝があり、他の七基は主墳の西に並ぶ径八メートル、高さ二メートルの小円墳であるが、盗掘による破壊がひどい。主墳の墳丘には葺石が部分的に原位置を保つほか、東麓から円筒埴輪列が、西中腹から形象埴輪片が出土。内部主体は、大正初年に東西を軸とみられる一基、昭和六年(一九三一)には平行して一基、同三八年に南北を軸に一基の箱形石棺が発掘されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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