横田城跡(読み)よこたじようあと

日本歴史地名大系 「横田城跡」の解説

横田城跡
よこたじようあと

[現在地名]長野市篠ノ井会

城跡は現篠ノ井会(しののいあい)区の集落全体を包含する。区の西を北から南に通る用水路、地蔵堂(じぞうどう)の西を南北に通る堀、可毛羽(かもば)神社の北を東西に通る堀、区の北西隅稲荷社祠の北を東西に通る堀、これらの堀内東西二三〇メートル、南北一八〇メートルのほぼ矩形に近い形をなす。このうち西半分を宮内(くねうち)、東半分を古町(ふるまち)。宮内の北寄りに殿屋敷(とのやしき)があり、西北隅に高土居が残り、その上に稲荷社が祀られている。


横田城跡
よこたじようあと

[現在地名]大和郡山市横田町

中世、横田治部の居住地(国民郷士記)である。高瀬(たかせ)川と和邇(わに)川が集落の東方で合流し、川を隔てて南北の庄に分れていた。南庄の奥(おく)垣内は東西約一八メートル、南北約一三メートルの郭をなし、延長約四五メートルに及ぶ堀が郭の西・南・北を囲んでいる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む