樺山愛輔(読み)カバヤマ アイスケ

新訂 政治家人名事典 明治~昭和 「樺山愛輔」の解説

樺山 愛輔
カバヤマ アイスケ


肩書
貴院議員(伯爵)

生年月日
慶応1年5月10日(1865年)

出生地
鹿児島県

経歴
伯爵樺山資紀長男。13歳でアメリカ留学、帰国後、国際通信、日英水力電気、蓬萊生命保険相互などの取締役、千歳火災海上再保険、千代田火災保険、函館船渠、大井川鉄道各社の重役を務めた。大正11年襲爵、14年貴族院議員、昭和4年米国ウェスリヤン大学から名誉法学博士の学位を受け、5年ロンドン軍縮会議日本代表随員となった。21年枢密顧問官。戦後グルー元駐日米国大使から寄せられた基金を基に社会教育事業資金グルー基金創設に尽力した。また日米協会長、国際文化振興会顧問、国際文化会館理事、ロックフェラー財団にも関係、日米親善に貢献した。

没年月日
昭和28年10月21日

家族
父=樺山 資紀(海軍大将・伯爵) 長男=樺山 丑二(モルガン銀行顧問) 二女=白洲 正子(随筆家) 孫=白洲 春正(東宝東和社長)

出典 日外アソシエーツ「新訂 政治家人名事典 明治~昭和」(2003年刊)新訂 政治家人名事典 明治~昭和について 情報

20世紀日本人名事典 「樺山愛輔」の解説

樺山 愛輔
カバヤマ アイスケ

明治〜昭和期の政治家,実業家 貴院議員(伯爵)。



生年
慶応1年5月10日(1865年)

没年
昭和28(1953)年10月21日

出生地
鹿児島県

経歴
伯爵樺山資紀の長男。13歳でアメリカ留学、帰国後、国際通信、日英水力電気、蓬萊生命保険相互などの取締役、千歳火災海上再保険、千代田火災保険、函館船渠、大井川鉄道各社の重役を務めた。大正11年襲爵、14年貴族院議員、昭和4年米国ウェスリヤン大学から名誉法学博士の学位を受け、5年ロンドン軍縮会議日本代表随員となった。21年枢密顧問官。戦後グルー元駐日米国大使から寄せられた基金を基に社会教育事業資金グルー基金創設に尽力した。また日米協会長、国際文化振興会顧問、国際文化会館理事、ロックフェラー財団にも関係、日米親善に貢献した。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「樺山愛輔」の解説

樺山愛輔 かばやま-あいすけ

1865-1953 明治-昭和時代の実業家,政治家。
慶応元年5月10日生まれ。樺山資紀(すけのり)の長男。千代田火災保険などの重役をへて大正14年貴族院議員。ロンドン海軍軍縮会議の全権顧問。戦後は日米協会会長などをつとめ,親善につくす。昭和28年10月21日死去。88歳。薩摩(さつま)(鹿児島県)出身

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「樺山愛輔」の解説

樺山 愛輔 (かばやま あいすけ)

生年月日:1865年5月10日
明治時代-昭和時代の実業家;政治家
1953年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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