檜前馬牧(読み)ひのくまのままき

日本歴史地名大系 「檜前馬牧」の解説

檜前馬牧
ひのくまのままき

平安時代の兵部省管轄の馬牧。「延喜式」兵部省諸国馬牛牧条に武蔵国の牧として「檜前馬牧」がみえ、馬は五、六歳、牛は四、五歳になると左右馬寮に貢進することが定められていた。馬牧の所在地については、現上里かみさと勅使河原てしがわら辺りに比定する説もあるが(大日本地理志料)、これは檜前馬牧を勅旨牧の一つと誤解して勅使河原地名に充てたとされる。また現東京都台東たいとう区浅草辺りに比定する説もある(東京市史稿)


檜前馬牧
ひのくまのうままき

兵部省所管の武蔵国の官牧(「延喜式」兵部省諸国馬牛牧条)。室町時代末に作られたとみられる「浅草寺縁起」によれば、推古天皇三六年三月一八日に檜前浜成と竹成が宮戸みやと(隅田川)で黄金の観音像を収得し、主人の土師直中知の私宅に安置したのが浅草寺の始まりだとあり、この伝承依拠して檜前馬牧を現浅草の辺りに比定する説がある。ただし武蔵国内では那珂なか郡出身の防人檜前舎人石前が知られ(「万葉集」巻二〇)賀美かみ郡出身で左京への移貫を許された人物に檜前舎人直由加麿がいたことを根拠に(「続日本後紀」承和七年一二月二七日条)、現埼玉県域の児玉こだま郡方面ないし大里おおさと郡西部に想定する所見がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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