正親町公蔭(読み)おおぎまち きんかげ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「正親町公蔭」の解説

正親町公蔭 おおぎまち-きんかげ

1297-1360 鎌倉-南北朝時代の公卿(くぎょう),歌人
永仁(えいにん)5年生まれ。京極為兼の養子となるが,のち正親町家に復し,正二位,権(ごんの)大納言となる。観応(かんのう)3=正平(しょうへい)7年光厳上皇の出家につづいて出家した。「風雅和歌集撰集の寄人(よりゅうど)のひとり。歌が「玉葉和歌集」などの勅撰集にある。延文5=正平15年10月17/19日死去。64歳。初名は忠兼,のち実寛(さねひろ)。法名は空静。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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