コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

武蔵武芝 むさしの たけしば

2件 の用語解説(武蔵武芝の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

武蔵武芝 むさしの-たけしば

?-? 平安時代中期の豪族。
武蔵(むさし)足立(あだち)郡司を世襲し,判官代を兼任した。承平(じょうへい)8年(938)武蔵権守(ごんのかみ)として赴任した興世(おきよ)王,武蔵介(すけ)源経基(つねもと)と対立。平将門(まさかど)の調停をうけたが,手違いで和議に失敗。この事件が承平・天慶(てんぎょう)の乱の一因となった。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

武蔵武芝
むさしのたけしば

平安前期の武蔵地方の有力豪族。武蔵氏は767年(神護景雲1)に丈部直不破麻呂(はせつかべのあたいふわまろ)らが武蔵宿禰(すくね)姓を賜姓したことに始まる。『将門記(しょうもんき)』によると、938年(承平8)2月、武蔵国足立(あだち)郡司判官代である武蔵武芝は、武蔵権守(ごんのかみ)興世王(おきよおう)、武蔵介(すけ)源経基(つねもと)と対立した。平将門(まさかど)がこの対立に介入したことから、将門は源経基により朝廷に謀反の罪で訴えられる契機となった。武蔵氏は、平安後期より武蔵一宮(いちのみや)氷川(ひかわ)社(埼玉県さいたま市大宮区)の宮司職を世襲したと伝えられる。[佐々木虔一]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

武蔵武芝の関連キーワード円快武蔵野陵武蔵美出雲人長延救感世千任丸平公雅平繁盛藤井幹高

今日のキーワード

大寒

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

続きを読む

コトバンク for iPhone