日本歴史地名大系 「殿敷村」の解説
殿敷村
とのしきむら
村内の平野部には条里制の遺構が残る。
平安中期以降、豊浦郡の北東部に勢力を張った豊田氏の一族が、中世後期に構えた屋敷「殿屋敷」が転じて殿敷になったと伝える(地下上申)。「注進案」は「牛見荘本郷殿敷村」と記すが、慶長五年(一六〇〇)、同一五年、寛永三年(一六二六)などの検地帳では、のちの殿敷・
「地下上申」で萩藩領殿敷村と初めて一村として記され、総石高一千六七四石余、うち田方一千三六六石余、畠方三〇八石余。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報