水俣城跡(読み)みなまたじようあと

日本歴史地名大系 「水俣城跡」の解説

水俣城跡
みなまたじようあと

[現在地名]水俣市古城一丁目

水俣川河口近くの北岸の丘陵に築かれた中世城。陣内(じんない)城ともいう。城跡は現在城山(しろやま)公園になっており、東部の高城(たかしろ)と西部の古城(ふるしろ)からなる。古城が本城で、古井戸跡や石垣の一部が残る。高城は梅林となって遺構は見いだせない。城の周囲にあった堀は埋立てられて道路になったという。建武年中(一三三四―三六)八代にいた名和顕興の城代として、本郷家久が居城したという(古城考)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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