水晶ヶ城跡(読み)すいしがじようあと

日本歴史地名大系 「水晶ヶ城跡」の解説

水晶ヶ城跡
すいしがじようあと

[現在地名]五日市町石内 中

臼山うすやま八幡神社から西へ三五〇メートル離れた標高一二四メートルの山上にある。史料には多く「石道本城」と記されるが、山地より水晶を多く産することから水晶ヶ城とよばれる。古山陽道を眼下にした要衝にあたる。

「芸藩通志」は「水晶城」として「始佐々木国正居守、其後大内氏より麻生右衛門を置て守らしむ、一説に、昔蒲冠者範頼の麾下某、此城に居といふ、佐々木国正と一人なるや、詳ならず、此山の後に、源氏大休の壇とよぶあり、参考すべし」と記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む