氷間下村(読み)ひまがむら

日本歴史地名大系 「氷間下村」の解説

氷間下村
ひまがむら

[現在地名]氷上町市辺(いちべ)

西縁を佐治(さじ)川(加古川)が流れ、東は霧(きり)山(三七一・七メートル)、南は山陰道沿いで横田(よこた)村。慶長年間(一五九六―一六一五)初期の村切により北隣の市部(いちべ)村が分立したという(生郷村志)。領主の変遷は横田村に同じ。正保郷帳に村名がみえ田高四三九石余・畠高三二石、芝山・林少しあり。「丹波志」によると同高でほかに小物成の山役米三石余を京都代官に上納。家数一〇〇、一部は山陰道に面し町並をなす。用水は常楽(じようらく)村の佐治川に掛かる井堰による。入会山は三原(みはら)村・三方(みかた)村などの葛野(かどの)山と市部村字奥(おく)ノ森(もり)などにもつ。享保四年(一七一九)から三原村の入会山をめぐり同村との間に山論が起こり、同一二年に解決。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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