江戸崎城跡(読み)えどさきじようあと

日本歴史地名大系 「江戸崎城跡」の解説

江戸崎城跡
えどさきじようあと

[現在地名]江戸崎町江戸崎

江戸崎の南に突出した台地、通称城山(しろやま)にある。「小田元祖知家御子十人」(佐竹古文書)に、「其外御旗本之城」として「江戸崎」とあり、鎌倉初期には小田氏の旗本が居住したと思われる。南北朝末期に、美濃国の土岐原(土岐)氏が関東管領上杉氏の被官となって信太(しだ)庄に移住し、「惣政所土岐ノ原入道殿之時、応永十六年己丑三月廿五日」(年未詳「某覚」円密院文書)とあるように応永年間(一三九四―一四二八)までに、土岐原秀成が信太庄惣政所職を掌握し、それを手掛りに東条(とうじよう)庄・河内(かつち)郡にも手を広げ、小戦国大名に成長していった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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