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沖牙太郎 おき きばたろう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

沖牙太郎 おき-きばたろう

1848-1906 明治時代の実業家。
嘉永(かえい)元年4月8日生まれ。明治7年工部省電信寮にはいり,同省の技手となる。14年電気通信機器メーカーの明工舎(沖電気工業の前身),33年には匿名組合沖商会を設立した。明治39年5月29日死去。59歳。安芸(あき)(広島県)出身。

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朝日日本歴史人物事典の解説

沖牙太郎

没年:明治39.5.29(1906)
生年:嘉永1.4.8(1848.5.10)
明治時代の実業家。沖商会(沖電気工業)の創立者。安芸国(広島県)沼田郡に生まれる。銀細工,武具の製作修理に従事したのち明治7(1874)年に上京し,電信寮製機所に入所。ドイツ人技師シェーファーから機械技術を学び,所内の三吉正一,田岡忠次郎らと「ヤルキ」(やる気)社を組織して電機材料の国産化を図る。14年に明工舎を創立し,22年同舎を沖電機工場と改称。32年元逓信省電務局長吉田正秀と合名会社沖商会を設立するが翌年解散し,代わって匿名組合沖商会を組織,同商会はのちに日本電気と並ぶ代表的電話機メーカーに成長した。<参考文献>久住清次郎編『沖牙太郎

(沢井実)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

沖牙太郎
おききばたろう
(1848―1906)

経営者。現沖電気工業の創設者。安芸(あき)国(広島県)沼田郡に生まれる。銀細工修業を経て1874年(明治7)上京。まもなく工部省電信寮製機所に入所し、同省技手に抜擢(ばってき)された。81年、同省を辞し、明工舎を設立、電気通信機器メーカーとして、日清(にっしん)戦争期(1894~95)までにわが国同業界の最大手の地位を築いた。事業は日清戦争後さらに発展し、98年にはアメリカのウェスタン・エレクトリック社から資本提携の申入れもあった。これは拒否し、1900年(明治33)匿名組合沖商会を設立、組織の強化を図るとともに、その後の発展の基礎を築いた。[小早川洋一]
『久住清次郎編著『沖牙太郎』(1932・沖牙太郎伝記編纂係) ▽日本経営史研究所編『沖電気100年のあゆみ』(1981・沖電気工業)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
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