沢里惣門跡(読み)さわさとそうもんあと

日本歴史地名大系 「沢里惣門跡」の解説

沢里惣門跡
さわさとそうもんあと

[現在地名]八戸市新荒町

新荒しんあら町の西端に位置する。八戸城下の西の出入口を固める重要な門で、西に三戸さんのへ街道が延び、北西五戸ごのへ街道、南ののぼり街道にも通じる。文久年間(一八六一―六四)八戸御城下略図でみると惣門の西側は枡形となり、北に番所がある。西には土手が築造され、南には柵がめぐらされていた。単に惣門とも称する。

古くから開設されていたものとみられ、八戸藩日記の宝永四年(一七〇七)一二月六日条に沢里惣門とみえている。同日記の元禄七年(一六九四)一一月三日条に「上御足軽町近所新御番御立被成候」とあり、番所には足軽二人が昼夜常駐して警備に当たった。藩政後期になると昼一人、夜二人が常駐した(「御徒目付勤方大図覚」八戸市立図書館蔵)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む