河原尻村(読み)かわらじむら

日本歴史地名大系 「河原尻村」の解説

河原尻村
かわらじむら

[現在地名]亀岡市河原林(かわらばやし)町河原尻

七谷(ななたに)川の扇状台地に開け、北は馬路(うまじ)村、東は江島里(えじまり)村・国分(こくぶ)村、南は勝林島(しようりんじま)村。村の西端を大堰(おおい)川が流れ、集落の北を七谷川が西流し、西北で古(ふる)川に流入する。

村名の初出は文亀元年(一五〇一)から同三年にわたる山論文書(出雲神社文書)で、「宝鏡寺殿領御代官河原尻村茨木三郎右衛門家行」とある。

慶長元年(一五九六)前田玄以は尾池清左衛門に検地を行わせ、その結果村高一千二六〇石となり以後江戸時代を通じて変わらない。慶長年間は前田玄以から同茂勝の領地となっていたようであり、茂勝改易の後は元和元年(一六一五)頃幕府領となり元禄一一年(一六九八)から旗本武田氏の知行地となる。天保一二年(一八四一)の「桑下漫録」に、戸数一八〇、五穀は上品で綿のほか種々産したと記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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