河尻秀長(読み)かわじり ひでなが

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「河尻秀長」の解説

河尻秀長 かわじり-ひでなが

?-1600 織豊時代武将
河尻秀隆の子。豊臣秀吉につかえ,小牧長久手(ながくて)の戦い,九州攻め,小田原攻めに出陣朝鮮出兵では,肥前名護屋(佐賀県)に陣をしく。慶長4年美濃(みの)(岐阜県)苗木城主となる。関ケ原の戦いでは西軍にくわわり,慶長5年9月15日戦死した。名は別に直次。通称は与四郎。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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