泉勝院(読み)せんしよういん

日本歴史地名大系 「泉勝院」の解説

泉勝院
せんしよういん

[現在地名]金光町占見

西谷にしだに山間にある。天台宗で西谷山清水寺と号する。本尊千手観音。由緒によれば承和年間(八三四―八四八)慈覚の開基。もとは遥照ようしよう山の西谷にあったが、応安年間(一三六八―七五)現在地より二町ばかり北の山麓に移り、中蔵坊・浄蓮坊など一二坊があったという。のち細川頼之の祈願所となり寺領一〇〇石の寄進があったとされる。明応二年(一四九三)七間四面の本堂が再建され、その他も漸次整ったが、慶長年中(一五九六―一六一五)に寺領没収になっている(備中集成志)。その後岡山藩二代藩主池田忠雄が寺領五石を寄進、寛永一四年(一六三七)火災に遭い、仁王門ほか、その多くを焼失した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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