泉谷村(読み)いずみだにむら

日本歴史地名大系 「泉谷村」の解説

泉谷村
いずみだにむら

[現在地名]上板町泉谷

神宅(かんやけ)村の西にあり、南は引野(ひきの)村・鍛冶屋原(かじやばら)村。北の阿讃(あさん)山脈から南東へ泉谷川が流下する。慶安四年(一六五一)の泉谷村検地帳(板東家文書)がある。天和二年(一六八二)の蔵入高村付帳に泉谷村とみえ、蔵入地七斗余が記される。文化一〇年(一八一三)の高都帳では高九九石余。「阿波志」によれば、土田は等上中、陸田一〇分の八・水田一〇分の二、反別三五町五反、高九九石の強半が采地、家数六五とある。


泉谷村
いずみだにむら

[現在地名]吉川町泉谷

東は小沢(おざわ)村、西は土尻(どじり)・天林寺(てんりんじ)両村に接する。村内を平等寺(びようどうじ)川が流れる。文禄(一五九二―九六)頃の頸城郡絵図に「佐野伝三分此外七方分泉谷村 中」とみえ、本納二五石三斗一升六合・縄高七二石九斗五升五合、家七軒・二三人とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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