波恵村(読み)はえむら

日本歴史地名大系 「波恵村」の解説

波恵村
はえむら

[現在地名]沙流(さる)郡門別町字旭町(あさひまち)・字豊郷(とよさと)

明治初年(同二年八月から同六年の間)から明治四二年(一九〇九)までの村。沙流郡の南部に位置し、西は門別村に、東は慶能舞(けのまい)村に接していて、南西は太平洋に面し、北は波恵川に沿って数里の奥に至った(「状況報文」など)。近世の史料にハイ、カムイシシタルとみえる地などからなり、ハイはシャクシャインと抗争を繰返したオニビシの居所として知られる。明治六年七月の「日高国地誌提要」に波恵村とある。明治二年近江彦根藩は沙流郡東部を支配地とし、同三年から同四年五月にかけて当地および慶能舞・賀張(かばり)などを中心に士・卒・平民一四一人(家族持二五世帯)を入地させた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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