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津島恒之進 つしま つねのしん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

津島恒之進 つしま-つねのしん

1701-1755* 江戸時代中期の本草家。
元禄(げんろく)14年生まれ。松岡恕庵(じょあん)の門人。宝暦元年から大坂で本草会を毎年ひらき,のち江戸でひらかれるようになった同様の会の先がけとなった。弟子に戸田旭山(きょくざん),木村蒹葭堂(けんかどう)らがいる。宝暦4年12月13日死去。54歳。越中(富山県)出身。名は久成。号は如蘭,彭水(ほうすい)。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

津島恒之進

没年:宝暦4.12.13(1755.1.24)
生年:元禄14(1701)
江戸中期の本草家。越中国高岡(高岡市)の酒屋照成の3男。母は妙泉。初称八良右衛門,名は久成,のち恒之進,号は彭水,如蘭軒また桂堂。京都に出て松岡恕庵に入門しその塾頭となる。宝暦1(1751)年ごろから毎年大坂に下り本草会を開催している。この会は数年しか続かなかったが,のちに本草家によって江戸や関西各地で開かれる薬品会(物産会)の先駆けとなった。薬品会は自然物の展示だけではなく,広い意味での知識の交流,啓蒙の場となり,明治中ごろまで続いた。門下から木村蒹葭堂,戸田旭山,木内石亭,福井楓亭らが出た。<著作>『攻玉本草』『異魚録』『和漢草木状』<参考文献>末中哲夫・遠藤正治「津島如蘭の墓碑と『津島家譜』について」(『啓迪』4号)

(遠藤正治)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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