津端 道彦(読み)ツバタ ミチヒコ

20世紀日本人名事典 「津端 道彦」の解説

津端 道彦
ツバタ ミチヒコ

明治〜昭和期の日本画家



生年
明治1年10月21日(1868年)

没年
昭和13(1938)年4月3日

出生地
越後国中魚沼郡外丸村(新潟県)

本名
津端 魁

別名
通称=為太郎,別号=佳芸乃舎

経歴
明治19年上京し、福島柳園に師事、南宗画を学ぶ。ついで27年山名貫義に住吉派、29年片山貫道に土佐派を、また松原佐久に有職故実を学んだ。35年日本美術協会歴史部主事、43年同会第一部委員となる。一方、帝国絵画協会、巽画会の各委員、日本画会客員として各会に参加。40年文展開設とともに結成された正派同志会に参加、幹事となる。文展では41年3等賞を受けて以来、44年「うたげの装」が褒状、大正元年「火牛」が2等賞、2年「真如」が3等賞となるなど、若手実力者として活躍。日本美術協会でも受賞を重ね、御前揮毫、宮内省御用画もつとめた。大阪天満宮襖絵、大本山総持寺紫雲台襖絵、「八十島祭絵巻」(3巻)など、寺社にも描いている。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

今日のキーワード

焦土作戦

敵対的買収に対する防衛策のひとつ。買収対象となった企業が、重要な資産や事業部門を手放し、買収者にとっての成果を事前に減じ、魅力を失わせる方法である。侵入してきた外敵に武器や食料を与えないように、事前に...

焦土作戦の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android