日本歴史地名大系 「浅草正定寺門前」の解説 浅草正定寺門前あさくさしようじようじもんぜん 東京都:台東区旧浅草区地区浅草正定寺門前[現在地名]台東区松が谷(まつがや)一―二丁目浅草浅留(あさくさあさとめ)町の北、新堀(しんぼり)川西岸にある。正定寺境内東側に立てられた門前町屋。北・南は武家屋敷。門前町屋は元文三年(一七三八)正定寺堂舎修復助成の一〇年季町屋として許可された。町屋は表門の南・北にあり、片側町。文政八年(一八二五)の家数一三。町屋の前面、新堀川西側の明地(南北一三〇間余・横幅約三間)は正徳元年(一七一一)朝鮮使節が来朝し、浅草本願寺を宿舎とした際、御賄中の物置場・御用人足詰所が設けられた地で、跡地は当門前の管理に任され、渡世の品を置くことなどが許されていた。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by