浜ノ浦村(読み)はまのうらむら

日本歴史地名大系 「浜ノ浦村」の解説

浜ノ浦村
はまのうらむら

[現在地名]上五島町続浜(つづきはま)ノ浦郷(うらごう)など

続浦(つづきうら)村の西に位置する。浜ノ浦の西手は金剛(こんごう)崎で、沖に柏(かしわ)島・折(おれ)島などが浮ぶ。西に猪(い)ノ浦(うら)・福崎(ふくざき)がある。浜ノ浦は地名としては中世からみえるが、近世には一村を形成することがなく、三(み)かの浦(うら)村・今里(いまざと)村・続浦村(飯ノ瀬戸郷を含む)・三土居(みつどい)村(道土井村)の四ヵ村の総称または通称として用いられたようである。正応二年(一二八九)三月四日の青方覚尋譲状案(青方文書)に青方の浦部(あおかたのうらべ)島の四至のうち北が「はまのうらのそゑくひ」とみえ、覚尋は浦部島の地頭職を子の四郎(青方高家)に譲ったが、器量がないとして波佐見親平に譲り直している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む