海野紫瀾(読み)うんの しらん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「海野紫瀾」の解説

海野紫瀾 うんの-しらん

1774-1841 江戸時代後期の儒者
安永3年生まれ。出雲(いずも)松江藩士の子。桃白鹿(もも-はくろく)にまなぶ。支藩の出雲広瀬藩にまねかれ,享和元年設立された藩校漢学所の教授となる。文化2年古賀精里の門にはいる。のち藩主松平直寛の侍講をつとめた。天保(てんぽう)12年死去。68歳。名は彬之。字(あざな)は子彬。通称は弥平四郎。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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