海防陣屋跡(読み)かいぼうじんやあと

日本歴史地名大系 「海防陣屋跡」の解説

海防陣屋跡
かいぼうじんやあと

[現在地名]大洗町磯浜町

磯浜いそはま町を見下ろす背後の台地上にあり、現在その跡地雑木林荒地となる。

文政元年(一八一八)琉球船が川尻かわじり(現日立市)に来航、同六年には水木みずき(現日立市)川尻漁船が異国船に会い、翌七年にはイギリス人三名が大津おおつ(現北茨城市)に上陸するなどの事件があり、水戸藩では海防にとくに力を入れた。「水戸藩史料」によると「天保四年に烈公初めて国に到り親しく沿海の地を巡視せしに二十余里の海岸其の北方に多賀郡手綱村には元老中山信濃守の陣屋ありその以南大沼、友部、磯浜諸村には遠見番所の設けありて郷士農兵を配置」したとある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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