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淡輪元潜 たんなわ げんせん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

淡輪元潜 たんなわ-げんせん

1729-1808 江戸時代中期-後期の医師。
享保(きょうほう)14年生まれ。大坂在住の柳河(やながわ)藩医淡輪重泰(しげやす)の養子。儒学を皆川淇園(きえん),医学を山脇東洋にまなぶ。全国をまわって収集した医方をまとめ「雑方集験(ざっぽうしゅうけん)」をあらわす。門弟に小石元俊(げんしゅん)らがいる。文化5年3月9日死去。80歳。備後(びんご)(広島県)出身。本姓は小森。名は重弼(しげのり)。字(あざな)は子諧(しかい)。号は蔀山(ほうざん)。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

淡輪元潜

没年:文化5.3.9(1808.4.4)
生年:享保14(1729)
江戸中期の医者。名は重弼,字は子諧,号は蔀山。備後国福山(広島県)生まれ。父は福山藩士小森某。大坂に住む柳川藩医淡輪重泰の養子となり,3代元潜を継ぎ柳川藩医となった。皆川淇園に儒を学び,山脇東洋に就いて医を修めた。永富独嘯庵とは同門の友人。日本全国を医業行脚し,蝦夷の地も踏んだ。その旅行を通じて秘薬奇方を収集。のち大坂に定住して医業大いに行われ,門人も多く集まった。高弟に小石元俊がいる。著書に収集秘方を記した『雑方集験』がある。<参考文献>羽倉敬尚「淡輪元潜及び養子元朔の全国医業行脚」(『日本医史学雑誌』7巻4号)

(小曾戸洋)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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