改訂新版 世界大百科事典 「淳于髠」の意味・わかりやすい解説
淳于髠 (じゅんうこん)
Chún yú Kūn
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…その数は数百人から1000人にものぼり,稷下の学士とか稷下先生とよばれた。宣王時代の鄒衍(すうえん),淳于髡(じゆんうこん),田駢(でんべん),慎到らはとくに有名である。斉のこのような学問優遇の伝統は襄王ごろまでつづき(前357‐前265),いわゆる稷下の学を形成して戦国時代の文化学術の一大中心となった。…
※「淳于髠」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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