清楽村(読み)せいらくむら

日本歴史地名大系 「清楽村」の解説

清楽村
せいらくむら

[現在地名]広川町日吉(ひよし)

高間(こうま)村の北に位置する。久留米城下を起点とする山中(さんちゆう)街道が村内の茶屋場を通り、一里塚が置かれていた(在方諸覚書)。天正一二年(一五八四)三月一三日の稲員安守知行坪付(歴世古文書/大日本史料一一―一二)によれば、稲員安守は「二町 清楽」など累代の知行地計七〇町の安堵を大友義統に求めている。同一四年島津氏の大軍の来襲を知った稲員安守は妻や老母ら一族を当村や逆瀬谷(さかせだに)に逃れさせたという(以上「稲員家記」)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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